学問のすすめ
Hope is a waking dream.希望とは、目覚めていて抱く夢をいう。

学問のすすめ

天は人の上に人を造らず、人の下に人を造らずと云えり。されば天より人を生ずるには、万人は万人皆同じ位にして、生れながら貴賤上下の差別なく、万物の霊たる身と心との働を以て、天地の間にあるよろずの物を資り、以て衣食住の用を達し、自由自在、互に人の妨をなさずして、各安楽にこの世を渡らしめ給うの趣意なり。

人の一身も一国も、天の道理に基て不覊自由なるものなれば、若しこの一国の自由を妨げんとする者あらば、世界万国を敵とするも恐るゝに足らず、この一身の自由を妨げんとする者あらば、政府の官吏も憚るに足らず。ましてこのごろは四民同等の基本も立ちしことなれば、何れも安心いたし、唯天理に従て存分に事を為すべしとは申ながら、凡そ人たる者は夫々の身分あれば、亦その身分に従い相応の才徳なかるべからず。

学問とは広き言葉にて、無形の学問もあり、有形の学問もあり。心学、神学、理学等は形なき学問なり。天文、地理、窮理、化学等は形ある学問なり。何れにても皆、智識見聞の領分を広くして、物事の道理を弁え、人たる者の職分を知ることなり。知識見聞を開くためには、或は人の言を聞き、或は自から工夫を運らし、或は書物をも読ざるべからず。故に学問には文字を知ること必用なれども、古来世の人の思う如く、唯文字を読むのみを以て学問とするは、大なる心得違いなり。

学問をするには分限を知ること肝要なり。人の天然生まれつきは、繋つながれず縛られず、一人前の男は男、一人前の女は女にて、自由自在なる者なれども、ただ自由自在とのみ唱えて分限ぶんげんを知らざればわがまま放蕩に陥ること多し。すなわちその分限とは、天の道理に基づき人の情に従い、他人の妨げをなさずしてわが一身の自由を達することなり。自由とわがままとの界は、他人の妨げをなすとなさざるとの間にあり。譬ば自分の金銀を費やしてなすことなれば、たとい酒色に耽ふけり放蕩を尽くすも自由自在なるべきに似たれども、けっして然しからず、一人の放蕩は諸人の手本となり、ついに世間の風俗を乱りて人の教えに妨げをなすがゆえに、その費やすところの金銀はその人のものたりとも、その罪許すべからず。

また自由独立のことは人の一身にあるのみならず、一国の上にもあることなり。わが日本はアジヤ州の東に離れたる一個の島国にて、古来外国と交わりを結ばず、ひとり自国の産物のみを衣食して不足と思いしこともなかりしが、嘉永年中アメリカ人渡来せしより外国交易こうえきのこと始まり、今日の有様に及びしことにて、開港の後もいろいろと議論多く、鎖国攘夷じょういなどとやかましく言いし者もありしかども、その見るところはなはだ狭く、諺ことわざに言う「井の底の蛙」にて、その議論とるに足らず。日本とても西洋諸国とても同じ天地の間にありて、同じ日輪に照らされ、同じ月を眺め、海をともにし、空気をともにし、情合い相同じき人民なれば、ここに余るものは彼に渡し、彼に余るものは我に取り、互いに相教え互いに相学び、恥ずることもなく誇ることもなく、互いに便利を達し互いにその幸いを祈り、天理人道に従いて互いの交わりを結び、理のためにはアフリカの黒奴こくどにも恐れ入り、道のためにはイギリス・アメリカの軍艦をも恐れず、国の恥辱とありては日本国中の人民一人も残らず命を棄すてて国の威光を落とさざるこそ、一国の自由独立と申すべきなり。

しかるを支那人などのごとく、わが国よりほかに国なきごとく、外国の人を見ればひとくちに夷狄夷狄と唱え、四足にてあるく畜類のようにこれを賤しめこれを嫌、自国の力をも計らずしてみだりに外国人を追い払わんとし、かえってその夷狄に窘しめらるるなどの始末は、実に国の分限を知らず、一人の身の上にて言えば天然の自由を達せずしてわがまま放蕩に陥る者と言うべし。王制一度ひとたび新たなりしより以来、わが日本の政風大いに改まり、外は万国の公法をもって外国に交わり、内は人民に自由独立の趣旨を示し、すでに平民へ苗字・乗馬を許せしがごときは開闢以来の一美事、士農工商四民の位を一様にするの基ここに定まりたりと言うべきなり。

一般に欧羅巴、亜米利加の諸国は富で強く、亜細亜、阿非利加の諸国は貧にして弱し。されどもこの貧富強弱は国の有様なれば、固より同じかるべからず。然るに今、自国の富強なる勢を以て貧弱なる国へ無理を加えんとするは、所謂力士が腕の力を以て病人の腕を握り折るに異ならず、国の権義に於て許すべからざることなり。

一身独立して一国独立するとはこの事なり。独立の気力なき者は、国を思うこと深切ならず。

日本人も英国人も等しく天地の間に生きる人間であるからには、お互いにその権利を妨げて良いという道理は無い。一人が別の一人に対して害を加えて良いという道理が無いのであれば、二人が別の二人に対して害を加えて良いという道理も無い。これは百万人でも千万人でも同じ事で、道理が人数によって変わるという事は無い。

福沢諭吉

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天道酬勤 天は自ら努力する人に助ける